Naoto Kimura

2015.2.9

「美しさ」って自分の中にしかなくってそこはいつも「ソリッド」

こういう記事を書いてたりとか…

5060万画素のフルサイズ一眼『5Ds』を触りまくった正直な感想

http://naotokimura.tokyo/archives/5902

こういうのに対して質問があったりとか…

いつも思うんですが、自分が何を思っているか?と言うと…

「極限の自分の感性」

なんですよね。

「自分の”美しいものとは?”」

「今現在の自分の”極限”って?」

そういうものを考えると当然…

「ツール」

というものに考えが及ぶのは至極当然と言えます。

そういう時の自分は正に「虎」です。

「また更に自分の”目”を表現してくれるツールに出会えた」

そういう時に迷いなど存在しません。

「高い」とかなんとか思った事もないし、これでまた「精度の高い僕の”目”がぁ!!!」

みたいな感覚。

人に見せる時に妥協出来ない、自分に対して許せない。

色んな感性。

逆に「iPhone」が好きなのも自分の感性。

「瞬き」を切り取ってるだけなんだからそれは表現高い方が高揚するし、意識が高まります。

「高いなぁ」

とかって判断は僕には皆無。

「能力高いものを選び、そしてそこに合わせて高めていく」

それでいいでしょう。

僕が初級スタイリストだったとしても…

「最上級スペック」

を選ぶと思う。無理をしても。

金があるとかないとかじゃないんですよね。

それが自分の正義であり、高める要素でもあると思う。

中級機では許せない自分。

身分不相応。別にそれでもいいと思う。

生活に当てはまりませんか。

僕は「美しい」を切り取りたいだけなんだから…

自分の「美しい」にまっすぐである事。

そこに対して「今は劣っていても高めていく気概」

僕はお客様にも確実に伝わると思うなぁ。

僕はサロンワークでもそういう表現をしている。

「僕の”美”は絶対」

そういうポリシーを持っていますか。

そしてそれを無理をしてでも高めていますか?

「ソリッド」な感性はのちに「余裕」という表現に形を変えてもたらせてくれるかも知れません。

僕が常に「最新鋭機」でなくてはならない理由はそういう所にあるのです。

最新鋭機というものはそれこそ「作ってる側もソリッドな感性」なわけですから。

作る側も使う側もせめぎ合う。

それが楽しいのではないでしょうか。

Category : コラム