2015.10.6
「あ〜。自分下手すぎるな〜…死にたい」といつも思っている。という話
月一恒例のアシスタント中心の勉強会「木村部」でした。
今日は神戸からも「参加させてください!」とスタッフが来たりとか、まだあまり作れないけどもそれでも見たい!とか、終わりですぐ仕事入ってても早めからやらせてください!と参加してきたりするスタイリストも。
段々とクリエイターの顔になるみんなをみているのは楽しいです。
木村部で凄く辛辣だけどよく言ってる事。
「下手だからつまんないんだよ。」
これって凄くひどい言葉ですが、なかなか腰が重かったり、継続して出来なかったりするのは「めんどいから」とかではなくって「下手だからだよ」と…
ちょっとずつ分かってきたり、「あっ!これだ!」というものが見えてきたらどんどん楽しくなる。
腰の重さを越えていくには、そこに到達するまでやるしかないんだよ。と…
終わってアシスタントとのメシ。
珍しくまともにしゃべってたんですが…
あ〜自分下手すぎるな〜死にたい…
僕の頭にあるのはいつもこういう事で、満足した事なんか一度もないよ。と…
「えっ?木村さんがそう思うんですか?」
と、言われたんですが、自分自身撮影とかしてて満足した事とか一度もないよ。と…
描いているビジョンに対して一枚目を撮った時に腰が抜ける感覚とかある?
描いているイメージがあって、それに対して一枚目の写真を撮った時に…
なんかワナワナする感覚とか、「ここがこうだった…」とかってものが見えた時に始めて「直せる」んだよ。と…
やみくもに作ってそれを撮った時に何も見えてなかったら、多分描いているビジョンが明確でない。
頭に描いているイメージをもっと高める。さすれば終わりがない。
「もっとこうだった。もっと…もっと…」
そうやってやる度に頭にあるイメージのクオリティを上げるだけで終わりがない。
だからいつも終わって「あ〜。自分下手すぎるな〜。死にたい…」と思うのだ。と…
結局、ずっと終わりがない。だからこそ楽しい仕事。
結局、どんどん自分の腕が高まっても頭の中のイメージが先に走っているが故に終わりがない。
「もっと…もっと…」
こういう感性が自分を高めてくれるし、思考停止に陥らせない。
だから今日、こうしてみよう、あーしてみよう。そこからまた見える課題。
常にそういう思考が巡っていると、また試したくなる。
そうしてまた課題が見つかる。
ずーっとずーっと終わらない。
んでも気付いたら…
人に評価される自分になっていたかもしれない。
撮影だから、サロンワークだから…
そういった断片思考はナンセンスで、全部繋がっていると僕は考えている。
1番大事なのは「何考えてるか?」って所で、そうやって自分の描いているビジョンの高まりが、撮影だろうがカリキュラムだろうが、技術、接客においても自分の高まりをもたらすと考えている。
そうして勝手に人に知られる。
だって「なんでそうなのか?」「なんでそうあれるのか?」それが人が自分に対しての興味を即すからだ。
別に有名になりたいという思考でそうなるわけではない。
いつだって自分自身において高まりを考えるからそうなるのだ。ということ。
だからいつだって向かい合うのは自分。
自分のイメージを膨らませるには自分自身と向き合わなければならない。
すなわち、誇りもプライドも持たなければならない。
僕の誇りは「air」
だってそのサロンが1番そういう集団であるべく自分がやってきたからだ。
そういった誇り。
そういうものが見えた時に思考が加速し、上達も促進させてくれるのかもね。と…
普段やっていることは間違いじゃないよ。
それプラスαの作業をするだけでもっと高みに登れるんだろう。
僕はそれを信じています。
また来月。
Category : コラム