Naoto Kimura

2017.1.28

見てるんならやればいいんだよ

たまに撮影とかしてると、アシスタントの子達が立って見てたりするんですが…

まぁ、早く来て勉強(?)してるだけ全然いいと言えるのですが、基本的にあまり意味はないと思います。

大体、「見る」という行為をそれなりにやってきていて、自分の中で引き出しが増えてたり「上達した」という実感が湧いているのであればとても価値もあり尊いものだと思いますが、その多くは叶っている雰囲気を感じません。

「風習」

みたいなもので、誰かが見ているから見る。

なんとなく、そこから外れるのはまずい感じがする。

もし、仮に自覚はなくてもそういうマインドが働いてしまった場合、引き出しが増える事はないからです。

ではどうしたらよいのか?

「普段から毎日やる事」

です。

カメラでもなんでも、まずは自分で調べやる。

わからないワードは全部ググる。アイテムは買う。

そうして毎日やってるとイメージ幅が広がり、そこではじめて…

「わからん」

ということが出てくる。

だから「見る」

すなわち、「順番が違う」のだ。

なんとなくの文化として「見る」が成立していないだろうか?

本気で「見て」、力となる価値を得られる様にするにはまずは「普段からやっている」という印象を与える事が大事な様に思う。

僕は割と朝早くきて、記事を書いたり、ニュースを見たりしているが、そういう光景があまり印象にない。

なのであまり力にならないのではないだろうか?という風に感じてしまう。

まぁ、それすらしない人よりはいいのかもしれないが、手っ取り早い教えはこうして文章に残しておいた方が早いのかもね。

考えてみてますか?「順番」

そして見る事によって得られる「価値」というもの。

見てるくらいならやればいい。

時間がない。

作ればいい。

頑張っていきましょう。

Category : コラム